台風接近による波浪と強風で休んでいます。年を取ると記憶が悪くて、、パソコンを替えたら書き方が要領を得ずに自身で気をもんでいます。
巡る日々の速さに
めぐる日々の速さに驚いています。
北風が吹いて身をかがめながら空を眺めたあこともあって
春よ来い春よ来いと、何度も声を出した時もあった。
地球の温暖化が言われて久しいが、海辺の近くに生まれた故にっ寒いのは苦手で
春の来るのを今か今かと待ち望んで今ました。
やっと春です海の上では水温が17.9度もあって、餌をさす手がかじかんだのが昔のことのようです。今日は朝のうち曇天で次第に晴れてくると暖かく上着を脱ぎました。
春はあけぼの
紫式部の題を借りた
こんばんわ
頃は3月弥生の頃
2022/2/3:2月に入って
厳寒の2月に入っています。
寒い日が続いていますがお変わりないですか?。2月の別名を如月と言いまして、1節によれば衣類を着重ねるの意もあるそうです。
でも、春遠からじです。我が家の庭にも梅の木がありますがもう芽が膨らんでぼつぼつと花を咲かせるようです。
今日3日は節分で季節の変わり目に1年24節気がまめであるように豆をまく風習があるが漁師町和具では年末にまく家が多かったけど最近は、、、
そして、恵方巻を食べることも定着してきた、、私らが子供の時はなかったけど、、時代は動いていますから無理に意固地になって頑張らんでもいいが、、
食べます。頂きます。お酒を飲みながら、、
海上は穏やかに推移していますので出ますが水温が高く例年上がる魚が少なめです。その分沖合のカツオ漁ににぎあいがあります。昨日現在17,9度だで、風のないときは汗ばむときもあります。
よろしくです。
2022/1/20:大寒
今日から大寒に入ります。
一年24節気の最後です。
地球の温暖化といわれてから久しいがやはりこの時期になると寒い。でも、冬来たりなば春遠からじと言われています。もう少しで春じっとまっよりしょうがないなぁとわが体をゆすりながら思っています。
熊野灘いや、遠い東の海からやで遠州灘といってもいいかもです。その海から上る朝日は7時を切って6時58分頃上がるし日の入りは17時を超えた。
まだ寒いし、魚の食いもまだやでもう少し我慢をしてください。
我が家の隣にガマンの丘というところがあって職を退いた高齢者が来ておしゃべりをする。面白く聞いています。
小高い丘の下で眼前に視界180度を超えて海を見渡せる場所です。半世紀前ぐらいまで男は漁師女は海女として栄えた漁師町で失敗談より成功談に花が咲く、、多くの方がこの海で活躍してきたもんなぁ
そして沿岸から沿海、近海から遠洋へと、、私自身も300トンの漁船の航海士や船長として、遠く南アフリカを超え大西洋まで行ったんよ、、
外地に限らず本国でも入港すると酒と女を、、あぁ言ってはいけないことを、、、古き昭和の話です、、
冷たい北風が吹いています御身大切に春を待ってください。、、、
2022/1/16:1月16日
いつも午後九時に布団に入る、昨晩もそうで午後7時にお客さんに電話して9時に入った。
今朝起きてテレビを見たら北海道から沖縄まで津波警報と注意報が出ていて急いで客に中止の電話をした。
我妻が東北の出であるもんで東北震災の跡を何度も見て驚愕したし、当地でも平成16年9月1日の湯波をこの目で見ていたから、、
この日は夕刻にも震度3の地震があって、、気を付けていたら深夜にも、、即テレビを付けたら太平洋沿岸に津波注意報が出ていて、、しばらくたってから阿児町の職員が40センチ、南勢町の職員が30センチの津波を観測したと報じていたのでその間にある我が地区は30センチくらいかと高をくくっていたが海面の様子でもとして浜を見て驚いた。砂浜から約30米くらい沖にある消波工のテトラポットの下まで水がなかった。、、それから大きな白い水鳥が両翼を羽ばたきながら迫上がってくるかのように津波が来た。その海底の岩礁や地形によって1直線でなくいくつもに分かれて何波も来た。我が家の下の堤防は砂浜から約3米あるがその天を濡らした、、津波は侮るべからずです。この日は前日の台風を警戒して全漁船が船を浦「英虞湾」に回していた難を逃れたけどもしおいていたらワヤやっいた。
日が昇ってきてから海を見て惜しかったように思えたが客商売ですから安全第一やと思えば納得がいきます。
今日1月16日は、前島半島西部に位置する御座の金毘羅山の麓に祀られている不動尊の縁日です。わが父は漁師をしてきたこともあるが神仏の信者でいろいろな神仏を信じていた。年少の時にその父に連れられて上った記憶があっていった。昭和のその時代は屋台や出店が所狭しと店を出してはいたが、平成を超えて令和の今2件のみであった。昔海国日本、島国日本の時代は海運が主やっd4、人人が板子一枚の上に命を懸けて働いたのが少なくなったで、、それに、経済大国日本の今はもう、それに少子化も加わっているし、、出店や屋台もはやらんようで、、
この不動尊は弘法大師が前島に足を入れたときに100日の護摩を焚き自然石に自らの爪でもって不動尊を描いたといわれ、そのために爪切り不動と言われて多くの信者を持っていましたが高齢化もしていたし、、
などを思いながら、お客さんお海上安全を祈願してきました。
昨日の志摩沖の水温17.6度、潮は早かったです。沖合でトンボのにぎあいが出てきました。
2022/1/8:星の話
令和4年正月休みを終え5日から出船しています。
今日8日いつもの様に、6時出船と電話した手前午前5時漁港西側の船着き場について習性の観天望気に天を仰いだ。
12月の初めの日没時の頃に顔をみせて、冬の夜空を彩っていたオリオン星座郡は熊野の山に隠れて、代わって東南東の方向から蠍座が顔を出した。
盛唐の時代の杜甫が 人生相見ざること 疹〔オリオン座〕〕と商〔蠍座〕と詠んだけど、この星座は同一天上に現れることなはいという。
その蠍座を仰ぎつつ、この星が出る時が我がカネヤマの稼ぎ時であったと、、、幾年を得て、地球の温暖化か海洋異変か海流異変か浅学菲才のわが身には判断できませんが
、、、今志摩沖だけではなく全国的に食いが悪いです。
だけど商売やからできるだけ前向きになって進まな、、蠍座の主星アンタレスに願をかけて出た。
お客さんのリクエストによって鳴神島にかかって爆釣ではないけどそこそこ楽しんでもらった。星に願をかけたのがよかったのかもねえ、、、
今日現在の水温16,9度です。、、やがてよくなると思いますが。。。
2022/1/1: 新年
明けましておめでとうございます。
昔の川柳に 門松は冥途の道の一理塚めでたくもありめでたくもなし
と、いうのがあった。
我が家に3人の息子がありそれぞれが県外で頑張っていて、昨年は帰省せなんだが、コロナ禍が幾分落ち着いた今年は帰省してきてくれた。
おj陰で親子水入らずで、あまり語ることはなかったけどいい正月であった。
昨年はいろいろお世話になりました。本年もよろしくお願いします。
今年の稼働は4日からにしています。、、、よろしくです
2021/12/31:大晦日
年の瀬の行事も終わったと思う間もなく、大みそかの行事をしている。
熊野灘の北東辺にあって大王崎を東端にして西に延びる南北に短く東西に長い前島半島は半世紀位前まで男は漁師女は海女として栄えた漁師町です。
昭和30年代まで正月は旧正月であった。故に大晦日の行事の中に節分の豆まきがあった。1年24節気の分かれ目にくる年も皆がまめに過ごすようにとの願望で豆をまいた。
その前に魚の頭と尻尾の部分を生焼けにして串にさし神棚に アラクサ といって匂いをかがせて戸口にさした。魔物除けだそうで、、、
我が家では時代が変わってもこの行事を継承している。家の中には福はうちと声を出しながら豆を打ち、玄関から外は鬼は外と心持大きな声で豆をまいた。そして、年越しそばを頂た。
夕刻からしたたかに飲んでいます。
ほろ酔い加減で宵闇の空を眺めて上ってくるオリオン座の星を見ています。三っ星を囲んだペテルギュウス、リゲル、その北西方向にアルデバランという星、さらにその隣に六角形のカペラ、冬の夜空を彩るシリュウスはまだ低い。
もう夢やけど、俺が車会社のトップになれば車の名前にカペラ、シリュウス、アルデバランとつけたのになあ、、
この年まで活きて、思えば何もかも中途半端であったように思う。まぁ、健康であっただけが救いであったと思います。
謡曲 敦盛は人生五〇年 今人生八〇年 俺はまだまだやと星空を眺めながら、、くる年もよろしくです。
